November 2011
「(人間万事)塞翁が馬」のこと。” —ニンジャスレイヤー - 東方陰陽鉄 Wiki* (via petapeta)
人物とか、ある事柄が国際的にどの程度認知されてるんだろう?と、思った時は自分はWikipediaを開いて他の言語の数で大体判断してる。必ずしもWikipediaの記事があるからと言ってその国で認知されてるわけでもないし、逆に記事がなくてもちゃんと認知されてることもあるけどある程度の指標にはなると思う。
ちなみにちょっと前のデータだけど、日本人で一番多言語でWikipediaの記事があるのは水木一郎の90言語くらいだった気がする。 と思って調べてみたらこんなデータが
2009年1月のランキングだけど
1.水木一郎(歌手) 91言語
2.黒澤明(映画監督) 71言語
3.昭和天皇 64言語
4.松尾芭蕉(俳人) 62言語
5.明仁(今生天皇) 54言語
6.小泉純一郎(元首相) 53言語
7.福田康夫(元首相) 51言語
7.葛飾北斎(江戸時代の浮世絵師) 51言語
9.安倍晋三(元首相) 50言語
10.紫式部(平安時代の作家) 45言語
ここで働く4万8000余人の北朝鮮勤労者に間食として1人当たり少なくとも3-4個ずつ提供されているチョコパイは一日当たり計20万個を超える。しかし工場や食堂など、どこにもチョコパイの包装紙は捨てられていない。食べずにすべて外部に持っていくからだ。
05年末に工業団地が試験的にチョコパイを配った当時、子どもや親戚に与えようと持ち帰るケースが多かった。しかし北朝鮮内で韓国産チョコパイの人気が高まり、開城地域を回りながら工業団地から流れ出るチョコパイを専門的に買い取る人までが登場した。
韓国情報当局の関係者は20日、「朝中国境都市の新義州(シンウィジュ)にまでチョコパイの闇市ができているという情報がある」と話した。
チョコパイがお金に変わる状況になったことで問題も発生した。工業団地の関係者は「当初は1-2個のチョコパイが提供されていたが、各企業が競争的に支給量を増やし、混乱が生じている」と述べた。北朝鮮勤労者の間ではチョコパイの貸し借りが広がり、10個も支給する工場と3-4個を支給する工場の間で葛藤が生じつつあるという。
これを受け、入居企業は工業団地管理委員会側に支給基準を決めてほしいと要求した。チョコパイ支給量によって工場の生産性にまで影響が出るため、統一された配給量を定めてほしいということだ。
しかし統一部当局者は「民間企業が間食と現物成果給レベルで提供しているチョコパイの問題に政府が介入するのは難しい」と難色を示している。
北朝鮮当局もチョコパイの代わりに現金で提供してほしいと圧力を加えてきているという。北朝鮮版韓流の尖兵となったチョコパイの搬入を防いで、ドルを得ようという計算だ。
企業関係者は「チョコパイ配給をやめた場合、勤労者の反発が予想され、北側も積極的に動けないため、南側が供給を中断してほしいと要求している状況」と説明した。” —北朝鮮に“チョコパイガイドライン”?…“金になる菓子”で闇市まで (中央日報日本語版) - Yahoo!ニュース (via bgnori)
「ジミー・ウェールズからのメッセージ」→「ジミー・ウェールズからのお願い」と、だんだん低姿勢になってきてるので、次は「ジミー・ウェールズの土下座」の可能性ある
” —Twitter / @NegativeMind (via atm09td)小津映画に出てくる日本が当時の日本でなかったことは、多分、日本のひとが想像するよりもたくさんの外国人が知っている。
あの小津の「家庭」に出てくる和洋折衷の広いラウンジ、車両全体が個室になっている一等車にただひとり黙然と腰掛けている主婦の前のテーブルで揺れている一輪挿しの薔薇、というような情景が現実の、といって酷ければ、一般の日本人の生活でないことくらいは、知識がなくてもふつーの頭があれば想像がつくことでしょう。
小津安二郎の描いた「日本」はすべて作り物で現実には存在しなかったことは、本人がいちばんよく知っていたと思う。
しかし、ここで大事な事は、その「作り物の日本」が日本人である小津の頭から生まれたものであることで、太平洋戦争の後半をシンガポールで連合王国人たちが残していった倉庫のイギリスとアメリカの映画に耽溺することで過ごした小津は、当時のハリウッド映画のコンテキストとそこに描かれた生活を借りて、あるいは紅茶茶碗を緑茶の茶碗に、ホットドッグを(当時はまだ珍しかった)ラーメンに、歯をみせて笑う微笑みを僅かにゆるむ頬の筋肉に、ていねいにひとつづつ置き換えることで、長い中国戦線暮らしで目撃した、どうしても好きになれなかった現実の日本社会の向こう側に「こうでなければならなかった」はずの日本を描いてみせた。
安定した興行成績を誇る一方で映画評論家には「いつも同じ」「なまぬるい日本でだけ通用するマンネリ映画」と罵倒されながら、一向に倦むことなく「小津映画」を作り続けたのは、自分が描いている日本など、現実と架空の区別もつかない「進歩的」な映画評論家たちの言とは異なって、どこにもなく、自分が描くのをやめれば、たちまち砂上の美しい楼閣のように消えてなくなるのを知っていたからだと思われる。
「鈴木さん鈴木さん、鈴木さんが前に話してたジャッキー・チェンの映画、最近DVD化されたみたいだよ」
(@盆@)=3 マジで?『ファースト・ミッション』が!?
数あるジャッキー映画の中でも『ファースト・ミッション』はぼくにとって思い出深い映画だった。権利関係の問題なんだろうか。なぜかいままでDVD化されていなかったのだ。
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